2013年県展受賞作品


第63回(2013年)埼玉県美術展覧会受賞作品と審査評

ページの先頭へ第1部「日本画」

審査主任 石原 進(いしはらすすむ)
本年度、第63回県展日本画部の搬入数は若干の減少を見ました。一般応募作品220点、そのうち入選155点、選外65点となりました。公募作品の質は例年にない向上をみせ、芸術文化の役割、その美しい作品に触れる喜びが長引く不況と東日本大震災復興の励ましに繋がるように感じました。
審査員一同、緊張して審査に当たりました。厳正かつ慎重に1審、2審、3審と繰り返し入落を決めました。
また、入賞作品についても候補となる作品を列挙の上、投票やディスカッションを重ね、知事賞を初め、各賞計8点を選出しました。特筆すべきは、受賞者に女性の進出が目覚しいこと、また忍耐強く長年にわたり努力を積み重ねられた結果が受賞に結び付いていると感じられたことです。残念ながら選にもれた方々には次回に向かって大いに精進されることを希望いたしております。

■埼玉県知事賞

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「やさしいふるさと」
高橋裕子(たかはしひろこ)
やさしいふるさと
古い駅舎を落ち着いた色でまとめ、また密度もあり、構図も良く空が印象的である。

■埼玉県議会議長賞

「短編小説」
野邊ひろみ(のべひろみ)
短編小説
小説のお話であろうか、枯野(かれの)に舞う雪と少年は一体となり、歌が奏でている臨場感が美しい。

■埼玉県教育委員会賞

「故郷の便り」
内田すゞ子(うちだすゞこ)
故郷の便り
ふるさとから送られてきた果物にほのぼのとした温かみを感じ、技術面では粒子(荒目)のある絵具をうまく使いこなし重厚な色調が効果的である。

■埼玉県美術家協会賞

「間奏曲」
溝上紀美(みぞかみのりみ)
卓越した描写力と人物の物憂(ものう)い表情と空気が良く表現された秀作である。

■埼玉県美術家協会賞

「歴」
山本一枝(やまもとかずえ)
ここ数年来の海をテーマにした秀作。白い浜辺の雰囲気を見事に出し、絵画的な構成も魅力で力作である。

■日本経済新聞社賞

「深秋」
森下博子(もりしたひろこ)
秋の深山で出会ったハクビシンであろうか。丁寧な描写で描き込まれている。その精気と緊張感漂う表情が良く描けている作品である。

■埼玉県美術家協会会長賞

「苺狩り」
駒﨑美香子(こまざきみかこ)
愛情溢れた幼児の表情が可愛らしく、甘い苺の香りがするようで好感が持てる。

■高田誠記念賞

「送信」
加藤佳津枝(かとうかづえ)
送信する少年の手は時代の変化が見られ、新風を受ける好作である。

ページの先頭へ第2部「洋画」

審査主任 根岸右司(ねぎしゆうじ)
第63回県展。洋画部は、応募された1,467点を1審、2審、3審と厳正に鑑審査を繰り返し、507点を入選といたしました。入選率は34.6%という厳しい結果となりました。
出品作品の傾向は、写実的で穏健な作品が多く見受けられました。一方、心象的、構成的等表現の糸口も様々で、表現の幅に広がりを見せ、時代と共に県展も更に良い方向に変化していると感じました。選ぶ側も今までの殻を打ち破った独自の作品を積極的に選んでいく空気がありました。全体を通して、作品を丁寧に描くことには賛成ですが、発色を鈍くしないでほしいと思いました。
緊張した限られた時間との戦いの中で、次々に出てくる作品との出会いに、わくわくする期待感を持たせてもらい、充実した3日間でした。
また、紙一重の差で選に漏れてしまった作品が多く、残念でなりません。

■埼玉県知事賞

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「地割れ」
細野敦子(ほそのあつこ)
地割れ
「地割れ」。作品のタイトルどおり自然現象の一部分が一見そのまま?名作に仕立てられた。モノクロームの暗いこの画面が、百花繚乱する激戦の今回、第63回埼玉県展の洋画の部を制して、最高賞を獲得した。出品申込書によれば作者は女性。この画家は、どういう勉強をされてこられた方か、作品が表現する揺るぎない信念と素晴らしい集中力を讃える。
自分は「発見する。追求はしない」とはピカソの発言であるそうだが、細野氏は「発見し、さらに深く、追求を」しておられる。画業のさらなる御発展を祈念する。

■埼玉県議会議長賞

「循環」
近藤リナ(こんどうりな)
循環
偶像の顔をモティーフに破壊と再生がテーマだと思う。柔らかなモノトーンの光の中に、大きくうねる様なムーブマンが迫力あり、また、重層構造の緻密な構成となっている。静寂さの中に明日への再生を祈って上昇気流に乗って行けるような前向きの気配を感じさせてくれる優品である。

■埼玉県教育委員会賞

「明くる日」
柳 辰太郎(やなぎしんたろう)
明くる日
起伏のある林のへりに、伐採された木が積み上げられている。根こそぎ引き抜かれた木もあり、かなりの期間放置されたらしい。それらの上に雪が降り積もっている。昨日の雪がすでに解けかかっているその様を画面全体に大きく捉えた作品である。
枝ぶりの変化や細い根の動きが静かな情景の中に流動感を与え、温かい色使いが朽ちる外ない悲しい運命の木々を優しく包み込んでいるかのようだ。

■埼玉県美術家協会賞

「Aurora.“esperanza”」
植田大貴(うえだだいき)
白い大理石らしい台の上に、白い布が半分垂れかかり、白い皿3つと牛骨が乗っている。皿は割れたもの、ひびの入ったもの、満足なものとあり、砂時計や錠前は牛の生きた時間や境遇を表しているのだろうか。
さらに、その上に散りかかる落葉は、なお積もりゆく時の厳粛さを語っていると言えようか。白い世界の中の微妙な色の変化と材質感の表現は見事で感服させられる。
ポルトガル語の宗教用語らしい「エスペランサ」という言葉に込めた作者の意図について深く尋ねてみたい。

■埼玉県美術家協会賞

「rampant」
東田理佐(ひがしだりさ)
生き物の増殖を思わせる画面にはある種独特=素朴な生命力がある。自然を見つめる作者の眼差しには、地球上に現れた原初の生命体について、そのエネルギーを手作業で確認して愛おしむ、画家の情熱を感じる。

■埼玉県美術家協会賞

「夢語り『八月』弐」
佐藤伸二(さとうしんじ)
混沌とした現代社会の夢物語であり、大宇宙空間の曼陀羅図(まんだらず)のように思う。明るい色彩のハーモニーは気持ちのよい旋律を感じる。動きのある構成の中の幾何学的な模様や形は、妖(あや)しい光と静寂さを感じる。
複雑な重層構造のイメージが豊かに表現されており、見る者にいろいろな想像を掻き立ててくれる優品である。

■埼玉県美術家協会賞

「私の部屋」
田畑明日香(たばたあすか)
20代の若い女性の作家で、新聞紙を部屋一面に貼って「私の部屋」を作っている。このような作風が5、6年は続いていると思われる。今回の作品は柱を左側に描き、椅子と後ろの壁面との間に空間を作っている。また、横に一本の帯のような色彩を入れ、強いアクセントになっている新聞紙の写真の部分でリズム感を出す等、いろいろと考えて作製している。若い方なのでこれからに期待したい。

■さいたま市長賞

「ベックの居る部屋」
大野文子(おおのふみこ)
直線で組まれた基本構図に配された観葉植物の葉と幹の螺旋状曲線が、生き生きとした動きを作り、目を楽しませてくれる。地塗りを生かして丹念に重ねられた筆触がしっかりした絵肌を作り、幅広い色調には油絵具らしい艶と透明感がある。一見静かな画面であるが、そこには作者の熟慮の跡と強い意志力が溢れている。

■さいたま市議会議長賞

「メリーゴーランド」
田宮澄子(たみやすみこ)
遊園地で遊び戯れる子供たちをメルヘンチックで柔らかい画風で描き、その情景がほのぼのと伝わってくる。愛のにじみ出た「絆」の大切さを感じさせる好作品である。

■さいたま市教育委員会賞

「乙女の祈り」
長澤和子(ながさわかずこ)
明るい色調の中で、静かにピアノを弾く雰囲気が良く表現されている。色彩も豊かで互いに響き合っている。しっかりとしたデッサンをベースにして、人物の持つ造形的な美しさを良く表現している。特に明暗の表わし方に工夫があり、暗の中の色調の変化が魅力的である。画面構成もやや下から見上げた作者の視点が高さを良く表わし、透視図法を巧みに生かした美しい構成になっている。
ピアノに床の反射の光が当たっているのも画面のアクセントとなり美しい表現となっている。優しい作者の心情が乙女の顔と重なり爽やかで、心静まる空気を語りかけてくれているようだ。

■毎日新聞社賞

「巌貌・吠える」
前花重男(まえはなしげお)
岩石をテーマとした応募作の中で、最も迫力があり力強い作品である。巨大な量塊を扱いながらも画面内にうまく収めており、そこに作者の力量が感じられる。しっかりと塗り込んだ背景の黒が、岩の微妙な色彩を浮かび上がらせており、色彩的な効果を高めている。

■NHKさいたま放送局賞

「花の遣い」
高沢郁子(たかさわいくこ)
淡い色調で画面いっぱいに花びらを描いている作品である。花の美しさを通して作者は何を語ろうとしているのだろうか。作者は、この白い花になりきっているようだ。作品の白い花のように、美しい、優しい世の中でありたいとの願いが感じられる作品である。

■読売新聞社賞

「幸福を捜す」
大久保明(おおくぼあきら)
「幸福を捜す」画面からは、画家の創造のエネルギーを感じる。欲望とは果てしないものであるから、“幸福”はこれかと、掴んだと思った時には何処へともなく飛び去ってしまっているものなのであって、“幸福”とは“捜す”過程にこそあるのかも知れない。画家は明度対比を効果的に駆使して、描くことを楽しんでいる。

■テレビ埼玉賞

「日本の原風景(誇り)」
丸茂公敏(まるもきみとし)
人物がゆったりと画面に収められ、抑えた色合いながら力強く、心地よいユーモアが感じられる。作者の温かい視線が伺える。好感の持てる作品である。

■東京新聞賞

「風見鶏の夢」
関 恭子(せききょうこ)
作品が構築する空間には、うちにも外にも限りなく不安の影が漂っている。現実の世界は知れば知るほど、未知の領域はさらに広がる。不安に満ちる人生は努力によってのみ、楽しむことができる。その上で、なるようになるさと、風見鶏が言っている。

■埼玉新聞社賞

「ストールの頃」
岡部紀子(おかべのりこ)
片足を組んだポーズで椅子に座り、さり気なく一隅を見る姿を、画面いっぱいに使った流れる構成が美しい。白い壁と人物とのコントラストも美しく、ストールの模様がアクセントとなって黒の上衣の中に映えている。切れのある筆さばきで、水彩の持つ特徴を生かした爽やかな表現で、透明と不透明の割合も美しく配色されている。椅子の背もたれの形も変化に富み、モデルの視線と共に画面を引き締めている。的確なデッサンに基づいた人物の存在感も良く表現されている。

■埼玉県美術家協会会長賞

「早春」
橘 貴紀(たちばなたかとし)
黒い上着に青いTシャツを少し覗かせたモダンな衣装の若い女性の半身像作品。オーソドックスな写実作品であり、特に現代をシャープな感覚で表現した秀作である。シンプルな強い画面構成の中に微妙な動きが感じられ、生き生きとした作品になっている。作者は40代前半で爽やかな若さを感じる感性に今後も期待したい。

■高田誠記念賞

「秋平の雪」
菅野公夫(すがのきみお)
黒い木々、遠方の林、そして雪。少ない色彩であるが水彩で力強く表現している。黒から白までの階調をとても美しく使い、雪の白さが良く出ている作品である。画面構成を見てみると手前の雪と土、遠景の林、それを手前の黒い木で横切り、画面に動きを与えている。作者は雪の美しさをどのように表現するかを考え、無駄な色を抑えて印象深い作品にしている。

ページの先頭へ第3部「彫刻」

審査主任 伊藤正人(いとうまさひと)
近年、彫刻部では若い作家、特に20、30代が減少しています。平成初期までは大学等を卒業して出品する若者が多くいた時代です。彼らは真の芸術を目指し、先輩や先生方から多くを学び、互いに競い、切磋琢磨し自分を向上させたものでした。ストレートに言えば簡単に入選、入賞できなかった時代でした。
今は若い者を育てる時代になってきました。彫刻家は30代に芽が出て、40、50代で成長し、60、70代で円熟していくものだからです。
彫刻家として物を造る卓越した技術を持つのはあたりまえ。その技術で何を表現するかが問題なのです。作家は制作を通して心を鍛え精神を作品に表現していくのです。それは生涯を懸け、純粋に探求し、追い求める造形、存在に近づくことなのです。
今年の審査は、今後の彫刻部の在り方と、作家にとって大切な姿勢を再確認することができた素晴らしいものになりました。

■埼玉県知事賞

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「瞑想」
野口一夫(のぐちかずお)
瞑想
焼物(やきもの)着彩(ちゃくさい)の技法で造られた作品は、空間を這い回る管が造る動勢や間が浮遊感を伴って存在の妙を語り、見る者に独特の感動を与える。この形状と質感を通して表現された作者の内面、精神を覗きたくなる、まさに瞑想したくなる作品である。

■埼玉県議会議長賞

「心」
藤波千乃(ふじなみちの)
心
大きなインド砂岩の中央部分を抉(えぐ)り、鏡面(きょうめん)研磨(けんま)された作品は、堆積した模様が綺麗に見えている。作者は石を彫ることで、石が我々人間の時間を遙かに超えた存在であることに気付き、その悠久の時間までも作品の中に閉じ込めたのではないだろうか。石と自分の心を一つにしたとき、宇宙的瞑想に入ることができる作品である。

■埼玉県教育委員会賞

「彫塑を作る人」
谷 廣子(たにひろこ)
彫塑を作る人
手に粘土ベラを持ち、首のタオルで汗を拭き、仕上がった彫刻作品を眺め、一息ついたところ。一連の流れと自然なポーズから感じ取れる幸せな時間は、見る側にも優しい気持ちと、自然な微笑みを与えてくれる。デッサン、着色、量感もしっかりしており、モデルの人柄や内面までも見える素晴らしい作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「ニット帽の女」
金子裕(かねこゆたか)
冬の空を見上げる若い女性の胸像からは、80歳を迎えたベテラン作家の優しい眼差しと肌の感触や溢れんばかりの生命観を感じ取ることができる。見る者もその暖かさで包み込んでくれるような作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「跳躍Ⅱ」
白木菜摘(しらきなつみ)
跳躍する豹(ひょう)の姿は、前脚から尾まで弓なりに上昇する線と、地面に向かう四肢の流れが空間の中で動的にバランスを保ち、見る者を楽しませてくれる。作者が高校生と聞いて驚かされた。今後は更に細部の表現を学び、より質の高い制作を期待している。

■時事通信社賞

「マヤの風」
磯 廣子(いそひろこ)
南米マヤ族の女性をモチーフに表現した作品。奥行きのある人体表現や漆(うるし)によるマチエールからは作者の深いこだわりが感じ取れる。表現力、特に量の扱いが心地よい作品である。少し前にかけた重心によって、風を受けて立つ力強さも表現していると思われる。

■埼玉県美術家協会会長賞

「battaglia(バッターリア)」
市之瀬宜久(いちのせよしひさ)
物から生まれ、物を超えようとするのが彫刻である。形を持ち、量を持ち、勢いを持つのが彫刻である。作品の奥に目に見えないエネルギーを感じるのが彫刻である。この作品を見た時、頭の中をこんな言葉が流れた。今後も表面的な写実ではなく、人間の内面を刻み込む作品を期待する。

■高田誠記念賞

「星空」
磯 美夏子(いそみかこ)
全身を布でまとったボリュームあるテラコッタ作品である。量のプラス・マイナスを巧みに使い分け、写実とイメージを融合させた形態は、テラコッタという粘土ならではの必然を感じる。今後もテラコッタならではの構成や表現の追求を期待する作家である。

ページの先頭へ第4部「工芸」

審査主任 関井一夫(せきいかずお)
第63回展の工芸部門は、応募総数333点、入選数194点、入選率58.3%となりました。審査は例年通り2日間に渡り、見直しを繰り返しながら議論を重ね、入選作・受賞作を決定しました。
今年の上位作品は、公募作品・委嘱作品ともに拮抗しており、昨年を上回る数の賞候補作品が取り上げられました。その中からの受賞作品の決定には、多くの討議と票決を重ねることになりましたが、結果として20代から70代まで、幅広い年齢層から多分野にわたる作品が選出されました。
また入選作品の決定に際しては、一般県民のための公募展という意義を重視し、なるべく広い視野で選出いたしました。
一方で、高水準と評価される埼玉県展工芸部としてのレベルを考慮し、常連といわれる出品者に対しても、講評会などで長年指摘されてきた図案やフォルムといった問題などを再考していただくために、厳しい選択をする結果となりました。
今回苦渋の選択の背景には、常連といわれる方々の中に、後進を指導される立場の方や、今後そういった立場になる方もいらっしゃると思われましたので、諸先輩方が培われてきた、埼玉県の工芸文化の更なる向上のために、一石を投じた感があります。今一度御検討いただきたく存じます。
さらに、工芸分野と絵画・彫刻分野との違いも議論となりました。このような分野の問題は、一般出品者の方々の中には不明瞭だと思われる方もいると思います。入落を問わず講評会へ参加され、問題点を明確にされることを希望いたします。

■埼玉県知事賞

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「知恵の実とガリレオ時計Ⅱ」
吉田康平(よしだこうへい)
知恵の実とガリレオ時計Ⅱ
振り子時計をモチーフとした金工(きんこう)作品である。板金(ばんきん)加工、機械加工、鋳造(ちゅうぞう)といった様々な金工技術で制作することで、伝統的な金工作品とは一線を画す作品となっている。今日の若手金工作家の中で、伝統を追求する以外の多くの者達は、多様な題材と技法を駆使しながら独自の世界観を表そうとしている。この作品は、そういった時代の流れの中から生み出されたものの一つと見ることができる。工芸部門への初出品が知事賞という結果をもたらしたが、作者にはこれに留まらず、今後の作品展開と次回作に期待したい。

■埼玉県議会議長賞

「草木染・吉野織『光りの春』」
田所智江(たどころともえ)
青白磁彫文鉢
昨年の知事賞に続き連続の上位入賞となった。草木染めのはんなりとしたクリーム地に、吉野織をベースに紋織(もんおり)、絣(かすり)織(おり)を加えて、裾には白、グレーのグラデーションの中に経緯(たてよこ)絣(がすり)を配置している。春の光が見る人の心の中に染み通り、夢と希望を与えてくれるような品格のある秀作である。

■埼玉県教育委員会賞

「乾漆花器 火の光」
鈴木忠次(すずきちゅうじ)
乾漆花器 火の光
花器としてシンプルなフォルムを求めつつ、乾漆(かんしつ)技法にこだわった作品である。題名にある「火の光」は、漆を幾度も塗り重ねることで、炎の揺らぎを感じさせるように表現され、叙情的に四面に配されている。形態と漆塗りの美しさが見事に表現された作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「颯」
石渡幸子(いしわたりゆきこ)
躍動感のある瞬間のポーズで幸せな親子のひとときを表現している。初夏を思わせる暖かい公園で、さわやかな風を感じさせるような優しい作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「乾漆輪花盛器」
大上博(おおうえひろし)
乾漆技法を存分に活かし、朱塗りの仕上げも美しい堂々とした大作である。輪花のデザインは、古典的な従来の形を元にしながらも、幾度も考案を重ねたことが伺える、現代的なリズミカルなものとなっている。

■埼玉県美術家協会賞

「染付花文組皿」
國田陽子(くにたようこ)
オーソドックスな磁器(じき)染付(そめつけ)というジャンルへの挑戦は、ともすると硬い表現になりがちである。しかし、皿の縁を取り巻く帯の図案に、組み皿五枚それぞれに小さな変化を付けつつ、さりげなく帯部分から図柄が皿面に出るデザインを施すことで、帯と皿面が一体となった絵心を感じることができる。作者の柔らかく温かな表現力を感じさせている。

■FM NACK5賞

「有線七宝蓋物『夏草』」
井上多鶴子(いのうえたずこ)
暖かみを感じさせるふくらんだ円形の胎(たい)に、蒲(がま)を主題とした水辺の植物を、立体釉(りったいゆう)の微妙な色合いで表現している。胎の内側までもさりげなく図案を施しながら丁寧に研ぎ上げているところなどは、外観から鑑賞することはできないが、作者の細やかな造形姿勢が見てとれる。胎の上面には大胆に蒲の穂を配しながらも、下部には銀線と銀玉で水面を表す遊び心は、観る者を楽しませてくれる。

■埼玉県美術家協会会長賞

「栃ねじり紋水指」
山本冨士雄(やまもとふじお)
落ち着いた風情をもつ美しい作品である。栃の白木地を大切にしながら、上面の縁と持ち手を茶色で引き締め、わずかな丸みをもつ面で構成されたねじり紋を施している。高水準な木工技術の上に立った、木工作家としての思いを強く感じる秀作である。

■高田誠記念賞

「悠久の思い」
山本朝子(やまもとあさこ)
峩々(がが)たる山の景を壁掛の作品にした皮革の作品である。茶と白を主な色使いとし革の表情を巧みに扱いながら、古典的な画題を現代的な感覚でダイナミックに表現している。滝の音や谷川の音、岳(だけ)や岩壁の厳しさなどが見え聞こえするような秀作である。

ページの先頭へ第5部「書」

審査主任 柳澤朱篁(やなぎさわしゅこう)
今回展の応募総数は506点で、前回に比べ21点減少し、誠に残念でした。しかし、いずれの応募作も鍛練を重ね、真剣な姿勢で書作に臨んでおり、審査する側も身の引き締まる思いがしました。
作者の努力に応えようと鑑査は温かく、公平で、幅広い目をもって行いました。鑑査を重ね294点の入選作を決定しましたが、年齢の幅は広く、高齢者から高校生までにわたります。出品は県下全域からあり、書風も多様で、埼玉県の書道文化が盛んであることを思わせます。
入賞審査は3次にわたり慎重に進めました。何度も見直すことにより、本当に良いものが浮かび上がってきます。巧みな作品でも誤字によって惜しくも入賞を逃したものもありました。入賞した作品は、いずれも錬度が高く、作品としての自分の顔を持ち、見る者を引きつけます。県展の入賞は狭き門ですが、これを突破して受賞された方々に心から敬意と祝意を表したく思います。
学書は実に時間がかかります。今回若くして入選・入賞なさった方も、この感動を忘れず、将来に続けて御精進下さい。そして幅広い教養を身に付けることによって書に厚みを加えていかれるよう期待します。

■埼玉県知事賞

※受賞作品をクリックしますと拡大画像が表示されます。
「荻生徂徠詩」
雀部玉華(ささべぎょくか)
荻生徂徠詩
明るく厳しい線で構成されたこの隷書作は、作者が長年培った隷書書法習得への確かさに立脚した書作への態度か、姿勢か。
筆圧を強めた迫力ある線と、開通褒斜道刻(かいつうほうやどうこく)石(せき)を思わせる毛先の効いて明るい細身の線が各字を作り全体を作るため、紙の白が鮮やかに浮き立ち、表装にも意が用いられた作である。

■埼玉県議会議長賞

「杜甫詩」
大室紅玉(おおむろこうぎょく)
杜甫詩
五言律詩四十文字を明清の書風を基調にして仕上げられた力作。濃墨で柔らかい羊毛筆を自在に駆使し、温かみの中に力強さと渇筆の妙味を秘め、洗練された線質には躍動感がある。そして文字の大小、長短を巧みに組み合わせ、余白を生かし、爽快さを覚えさせる佳作である。

■埼玉県教育委員会賞

「常建詩」
小峰青湖(こみねせいこ)
常建詩
白い画仙紙に美しい青墨で情感豊かに筆を進める。叙情性が勝つと、とかく点画が曖昧になりがちであるが、草書の筆画も丹念で整然としている。字形の懐は広く悠然とし、見る者をして清爽感を感じさせる。初夏の県展の会場に相応しい作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「玉葉和歌集抄」
小林麻友美(こばやしまゆみ)
「春きぬと思いなしぬる朝げより空も霞の色になりゆく」歌は玉葉和歌集より選び、一條(いちじょう)摂政集(せっしょうしゅう)の筆法で書作されている。臨書の目ならい、手ならい等が身を結び、一條摂政集の特徴を捉えた見事な横額作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「良寛詩」
横田北園(よこたほくえん)
淡墨作を面相(めんそう)筆(ひつ)と思われる引き締まった強い線が支配する作。墨量の多いところでは筆が紙をよく捉え、一転切り込んだ筆は鋭利な刃を思わせ、少ない渇筆部も鮮やか。そこから作られた全体の行の流れは、終盤近くには全体を見て収めるように落ち着いた筆致で仕上げられている。

■埼玉県美術家協会賞

「樂此不疲」
伊東鬼游(いとうきゆう)
方寸の芸術と言われる篆刻。「楽此不疲」これを楽しみて疲れず。これとは篆刻を指しているのか。朱文の余白美と躍動感がある。そして、古印の風を出すための縁壊(ふちこわ)しが自然に感じられ、これが空間の広がりを出し、作品を大きく明るくしている。

■さいたま市長賞

「劉嗣綰詩」
山岸秋珂(やまぎししゅうか)
使いこなした筆を使っての隷書。起筆収筆において筆圧の変化を必要以上に意識せず、また墨量の変化もあまり意識せず、淡々と自分のリズムで書き通しているところが心地良い。このリズムからは行草書を書いているような気安さが感じられる。

■さいたま市議会議長賞

「岑参詩」
萩原彰子(はぎはらあきこ)
書作への情熱を作品の上部にぶつけ、次第に気持ちを鎮めて終わる手法。文字の大小の変化も巧みに、終始強靭な線條で書き進める。行間の余白が生きているので明るさもある。62回展に続いての受賞。更なる精進と飛躍を期待してやまない。

■朝日新聞社賞

「武蔵野」
星野青楊(ほしのせいよう)
国木田独歩の「武蔵野」の抄。落葉林の美を表現した書で、細い線と太い線の対比が印象的と言えよう。細い線はあたかも葉を落とした枝のようで、太い線は幹のようにたくましい。漢字とひらがなの中に強弱の線を多用して明るく調和させた作品。

■NHKさいたま放送局賞

「李白詩」
吉田凌雲(よしだりょううん)
五言詩の六十文字を四行にまとめた作品。文字に長短を織り交ぜ、筆は自由自在で曲線を駆使し、伸び伸びとした線質には抑揚があり爽やかな流動美を感じる。そして、全体の構成、間の取り方、墨の配分等が巧みで気品のある力作である。

■埼玉県美術家協会会長賞

「寒山詩」
鳥塚岳城(とりづかがくじょう)
 「自ら平生の道を楽しむ …」いかにも禅問答のような詩の内容とぴったりの作者の筆運び。大らかで懐の深い作品構成は評者の憧れるところである。立体感のある造形も、勁(つよ)い線條も、計算しつくした作品なのであろうが、それを感じさせない豊饒(ほうじょう)な作品である。

■高田誠記念賞

「漱石詩」
黒田和川(くろだわせん)
長くひたむきに書と対峙した作家のオーラを垣間見る見応えのある作。全体のまとめ具合も良く、余白美に清潔感が滲み出ている上、運筆に充実感もあり、淡墨と紙とが響き合って快い気持ちになれる。心に残る作品。曲と直、潤と渇のバランスは、必然が呼び寄せた技か。

ページの先頭へ第6部「写真」

審査主任 天野行男(あまのゆきお)
第63回県展の写真部門は、応募総数1,317点で対前年比プラス11点、入選461点、入選率35.0%となり入選数で対前年比プラス34点の結果となりました。
今やデジタル全盛時代となり、カメラやプリントなどの進化により非常に多様な表現が可能となり、出品作品においても多彩なデジタル処理を施した作品が目立ちます。この現実を現状において決して否定してはならないと私は考えます。むしろ積極的に取り入れ無限とも言える可能性に挑戦することに大きな意義があると思います。
今回の審査に当たり、従来の平均点上位方式から二者択一方式に変更して行い特選候補選出審査では、一点一点に時間をかけ各審査員の1メートル程まで作品を近づけ細部まで見届けた上で採点を行いました。
知事賞の選出については、今年度のシンボルとして注目を集めることになるのに相応しい上位作品を、という条件で協議した結果、親しみやすさと参加意欲を起こさせるような作品を選出しました。結果として知事賞には「私も頑張れば撮れるのではないか」と思わせてくれるような、しかしながら高グレードなお手本作品を、埼玉県議会議長賞にはカメラ付き携帯で撮影した作品を選出し、いずれもデジタルの多様性が生んだトップ2となりました。
写真表現では、常に?(クエスチョン)の精神で模索し発見する努力が必要だと思います。

■埼玉県知事賞

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「瞳の先に …」
佐藤人子(さとうひとこ)
瞳の先に …
3枚を大胆に構成し、赤ちゃんの肌の質感を出し、思い切りハイキーに仕上げることで、明るい未来を指向する表現は、マット紙の配色により一層引き立ち、見る人の心をも明るくさせる魅力が溢れている。

■埼玉県議会議長賞

「無題(N-02D)」
松本信一(まつもとしんいち)
無題(N-02D)
写真にとって“命”とも言える、空間認識を強烈に感じる作品である。テーマを「無題」としたのは、鑑賞者に想像をめぐらせてほしい気持ちがそうさせたのだろう。新鮮さと共に芸術性の香りがする作品である。

■埼玉県教育委員会賞

「まなざし」
大坪弘人(おおつぼひろと)
まなざし
瞳の中へ引き込まれそうな錯覚に陥るような妖(あや)しい目の光に圧倒される強さがあり、その効果を一層引き立たせる技が、画面構成にある。シンプルさと大胆さを調和させ、さらに見えない部分を想像させる、写真術の巧妙さを感じさせる作品である。

■埼玉県美術家協会賞

「情艶」
松重輝夫(まつしげてるお)
内面にあるフィクション(夢物語)を写真映像として表現したのだろう。作品全体を占める「赤」の表現力は並々ならぬこだわりの感性があり、ここまで自己意識を追及し表現した力量は賞賛に値する。

■埼玉県美術家協会賞

「求愛」
小島文夫(こじまふみお)
フォルムが美しく、画面構成が優れている。手前の草、右側の木の幹を配することにより、環境と立体感を表出させた空間処理がこの作品のグレードを一層高めている。

■埼玉県美術家協会賞

「力を合わせて」
赤荻丈夫(あかおぎたけお)
まず、成功の要因は、カメラアングルとカメラポジションの選択にある。アリの目線までカメラを下げることにより、対象物の存在感を顕著なものにし、さらに優れたカメラワークとこの場面を発見できた事柄が結実したお宝映像である。

■埼玉県美術家協会賞

「朝靄夢」
福勢すみ子(ふくせすみこ)
その場で遭遇した自然の一瞬を、最高のシャッターチャンスと描写力で切り取ることにより新鮮なネイチャー写真になったものと察する。また、写真用紙の選択(無光沢紙)がこの作品の効果を高めている。

■さいたま市長賞

「閉ざされた刻」
小林千津子(こばやしちづこ)
発見した対象物を作家の持つ観念を大切にしながら大変真面目に、一枚ごと一所懸命に撮影されておられる様子を感じる。その気持ちが審査員に伝わり、また写真に関わる姿勢がこの作品に結実したのである。

■さいたま市教育委員会賞

「静寂」
前田拳三(まえだけんぞう)
今時大変貴重な作品と言える。フィルムによるアナログ処理でありながら、夜の光景をこれだけリアルに表現できる技術に脱帽である。今年高校を卒業し新しい道を歩み始めたとのこと。過去にも特選受賞の記録があり、願わくは今後も「県展」に出品いただきたい気持ちである。

■共同通信社賞

「喪失!ふるさと福島5K圏」
中嶋幸子(なかじまさちこ)
生家があの福島原発から5km圏なのだろう。生まれ育った故郷に帰れない怨念は震災前に帰郷の都度撮影した光景だから、一層その無念さを誘う映像になって訴えかけてくる。

■埼玉新聞社賞

「夢のなか」
大澤秋良(おおさわあきよし)
この作品に接すると思わず笑顔になってしまう。この子供たちが元気で遊んでいる様子を想いながら一人ひとりの寝姿を見、窓外のピンク色に流れる景色を想像すると何やら心地よい気持ちに誘われる。写っていない情景を想像させる力こそ写真特有の暗示性である。

■産経新聞社賞

「待ち倦む」
箕田勇(みのだいさむ)
国外旅行での一枚である。日本では見ることのできない光景を、鑑賞者は作者の意図とは別にそれぞれの思惑で観る。写真は作者から離れて一人歩きすると言うが、この作品もあるいはその効果を意識したのだろう。

■埼玉県美術家協会会長賞

「証」
前田稔(まえだみのる)
被写体を断定せず、しかし、この物が発するメッセージは大変に重い事象なのかもしれない。「証」というテーマがこの作品の真意(謎)を探る手がかりとしての暗示に思える。あえてカラー表現によりリアリティーを出すという自己意識を表出させる力量はまさにこの賞に相応しい作品であり、作家でもあると感じる。

■高田誠記念賞

「風懐」
市ノ川定男(いちのかわさだお)
内面に宿す不安概念としての心の葛藤を映像として表現した典型的な心象作品である。人の心はある時言いようのない不安や恐怖に襲われることがある。このことは、誰でも一度は経験すると思う。そのような感覚で作品に接すると合点がゆくと思う。
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