2023年県展受賞作品


第71回(2023年)埼玉県美術展覧会受賞作品と審査評

ページの先頭へ第1部「日本画」

審査主任 石原進(いいはらすすむ)
令和5年、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ5類に移行される中で第71回県展が開催されます。今年度、日本画部門の応募総数はコロナ流行の影響もあってか、前年に比べて減少し145点でした。そして審査を経て入選は106点、入選率にして73.1%となりました。
作品傾向、内容については、例年にない向上が見られるとともに、特に若い人たちの元気溢れる作品が増えてきて新風を感じる思いでした。県展日本画部の明るい兆しを感じます。また、水墨画の応募も増え、喜ばしい限りです。
審査については厳正公正な理念に基づいて行い、一次審査から四次審査において審査員の挙手で入落を決めました。賞は投票の上、厳正中庸に繰り返しディスカッションをして、決定に至りました。なお、優れた作品ながら数に制約があるため、残念ながら賞をつけられなかったものも多くあります。今回展は選外となった方、次回展に捲土重来を期待しております。
終わりに審査主任として特に印象に残ったのは、高齢ながら若い人に負けない意欲的な作品が数多く見られたことです。混沌とする世に芸術文化が力強い役割を果たしていることを強く感じました。

■埼玉県知事賞

※受賞作品をクリックしますと拡大画像が表示されます。
「輪廻」
山本一枝(やまもとかずえ)
輪廻
題名に寄せる作者の気持ちを十分に表した秀作です。夏に元気を与えてくれたであろう向日葵の季節(とき) を経て変化する最後の姿と 、今咲くガーベラの花の対比が美しく表現されています。
各々 をよく観察し、構成に気を配り、伝統を大切に岩(いわ)絵具(えのぐ)と箔(はく)を用いた技法で描いています。暗いバックと現代的に表現した向日葵とのコントラストもとても美しく感じられます。

■埼玉県議会議長賞

「時のながれ」
湯川佳昭(ゆかわよしあき)
時のながれ
いつか朽ちていく木々。そんな夜の森にやがて虫たちもいざないながら集まります。
木の表現が豊かで美しく、虫たちのまわりがうっすらと明るくなっているところが効果的です。
静かに 時が 流れる 、厳か(おごそか)で雰囲気のある力作になりました。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「遠き思い出」
佐藤千代子(さとうちよこ)
遠き思い出
岩絵具(いわえのぐ)を多彩に使った、カラフルで楽しい絵です。沢山の下げ飾りに囲まれた少女は、遠き日の作者でしょうか?
下げ飾りは画面いっぱいにしっかり描かれていますが、上手くバランスが取れていますし、色の調和も美しい作品になったと思います。

■埼玉県美術家協会賞

「あわい」
坂本真綾(さかもとまあや)
あわい
日本画の特色でもある線の美しさや平面的な扱いなどを生かした作品です。色数は少ないですが、 互いに働きあってさわやかな雰囲気を醸し出しています。
学生時代の夢多き一日が見る人に伝わってくる優れた 作品です。

■埼玉県美術家協会賞

「おうちで夏祭り」
渡辺恵美子(わたなべえみこ)
おうちで夏祭り
子どもが大好きなお祭りなどの催しが軒並み中止になる中で保護者は色々な遊びを考案し、楽しませることでコロナ禍を乗り越えてきました。
家庭のベランダでしょうか……ビニールプールに浮かべた色とりどりの風船やボールを掬う子どもたちの表情は、楽しさと少し寂しい気持ちが画面から滲み出ています。
次の夏には縁日も開催されるようにと願う家族の心情が旨く表現されています。

■埼玉新聞社賞

「風舞」
岩淵知子(いわぶちともこ)
風舞
それぞれの花々が春の訪れを感じさせるとてもよい作品です。背景を淡い色使いとすることで花々の魅力が強調されています。
これからもますますよい作品を描き続けて、見た人に夢を与えていただきたく思います。

■高校生奨励賞

「静かな共生」
小原理彩子(こはらりさこ)
静かな共生
自然に生きる 動物たちは互いに深い部分で関係し合い、同じ自然という住処に共存し、自由に暮らしながらも、共に寒い冬を乗り越えていきます。人が日常的に我慢やストレスを感じながら生きる「思いやり」の共生とは違って、調和的な「思いやり」であり、「共生」です。
描画力については、 高校生とは思えない程の確かな表現となっており、今後も楽しみです。

■埼玉県美術家協会会長賞

「睦む」
森下博子(もりしたひろこ)
睦む
群れをなして生活するシマウマの親子が、三頭を描いたことで個々のシマウマに漂う温かさが伝わってきます。
動物園とサファリパークのシマウマでは少し違う印象を受けますが、それぞれの特徴を旨く混和させて描かれています。
夕焼けのように表現した背景がサバンナを想像させ、画面の拡がりに繋がっているので、旨く工夫された作品だと感じました。

■高田誠記念賞

「華韻」
永井優子(ながいゆうこ)
華韻
暗めの色彩を背景にして、明るい色の花の群落(リコリスでしょう か?)を上部に配し、さらに蝶を描き入れた作品です。
明度差が大きいので、 ともすると絵が明・暗、二つに分かれがちですが、柔らかく表現されており、全体がよく調和しています。また、花の数、花弁の数が膨大ですが、その構造をよく理解して丁寧に魅力的に表現しています。
作者の豊かな感性と高い表現力を感じ取れる秀作です。

ページの先頭へ第2部「洋画」

審査主任 庄司剛(しょうじつよし)
第71回埼玉県美術展覧会の洋画部の作品搬入総数は昨年よりやや減少し、内訳は、一般出品者数613点、会員出品者数440点、運営委員、審査員、委嘱、招待者数110点、遺作1点、総合計の出品点数1,164点でした。
三日間かけ丁寧に審査しました。残念ながら入選できなかった作品を、入選した作品と比較してみると、自己主張の弱さ、こだわり、といったものが不足しているように感じました。
入選作品の表現の幅が広がり、素材等も多様化してきています。コラージュでの作品やレリーフ的な作品、デジタルを活用した作品等々が出品されてきていますが、座する人物像、写真を使用した風景写生、古い生活用具をモチーフに描いた静物画等の作品がまだ多く見受けられました。絵は「写すから描く」をして造る元を作者が育ててゆくものだと思います。
また、二次元の空間の中に三次元や四次元を思わせる空間を色と形で造ってゆく作業だと思いますので、構成、配色、絵肌、素材等にもう一つ工夫を凝らした作品作りに期待したいと思います。

■埼玉県知事賞

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「明日への鍵」
生田繁夫(いくたしげお)
明日への鍵
朽ちゆく工場の配電板なのでしょうか。鍵 が画面の中央に描かれ、 その周囲を配線がめぐり、抜け落ちた箇所からは青空が見え、そこに蝶が舞っています。
配電板のかたわらにも蝶が描かれています。 作家の意図は何でしょうか 。私には朽ち滅びゆくものと、蝶の生命を画面の中で対比させながら生命の循環をテーマに描いているように感じられました。
丁寧に描かれた筆致で材質感を描き出し、絵肌も美しく、構成もしっかりしていて好感の持てる作品でした。

■埼玉県議会議長賞

「梅香春風」
池田竜太郎(いけだりゅうたろう)
梅香春風
極限まで単純化された梅林の形態と、ペインティングナイフによると思われるそのタッチは、まるで抽象絵画を見るようですが、重厚に塗り込められたマチエールは決して重くなく、その幽玄とも言える色合いによって、逆に柔らかさを感じさせます。
絵具の合間合間から見え隠れする梅の花の色は控えめですが、それらは匂い立つように美しく画面を満たしています。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「カフェ/出口」
柳 辰太郎(やなぎしんたろう)
カフェ/出口
公園や広場にあるガラス張りの建物を主題にして、 反射して映る公園風景と透けて見えるカフェの店内とが複雑に織り重なる様相が、都市的な自然の感じ方で描かれています。
塗装の少しはがれた出入口の建具や、 その使いこまれた感じと平滑なガラス面上の織りなし との対比が建築や都市空間のなかに現れる、独特な自然を表していてとても魅力的です。

■埼玉県美術家協会賞

「心の視線」
渡辺浩子(わたなべひろこ)
心の視線
色感が良く、タッチも軽妙です。厚く塗ったり、サラッと塗ったりと、そのタッチには変化があり、自由で伸びやかです。そしてその色は、もはや物を表すためだけの色ではなく、物を離れて、画面に美しいハーモニーをつくっています。
画面右の人物の傾き具合は、重力から解放されたようで、その心もまた、しなやかで明るく解き放たれているように感じます。

■埼玉県美術家協会賞

「枯木回生図」
五味至(ごみいたる)
枯木回生図
長い時間をかけて創造された流木のダイナミックなフォルムが何とも躍動的で、まるで命を吹き込まれたような、 今にも動き出しそうな気がします。有機的な流木と無機的なブルーのペットボトルが大胆に構成されています。
筆か何かで丹念に描き込まれたマチエールとそれぞれの質感が見事に表現されていると感じました。画面全体を漂うシャープな緊張感が魅力です。

■埼玉県美術家協会賞

「柘榴林林図」
半山修平(はんやましゅうへい)
柘榴林林図
画面から飛び出すような柘榴の赤と、その割れ目から見える明るい黄色が鮮烈です。絵具を流し込んだかのようなそれらの色は、下層の色を美しく封じ込めている周囲の白とともに、激しいせめぎ合いを繰り広げています。
そして、そのせめぎ合いは周りへ周りへと増殖し、林のように広がっていくようです。それだけのエネルギーをこの画面は持っています。最後は光沢のある樹脂で、標本のように美しく包まれています。

■埼玉県美術家協会賞

「渦潮に舞う」
矢島英夫(やじまひでお)
渦潮に舞う
矢島英夫氏の作品は、主に貝をモチーフにして、海の世界観を表現しています。物静かでありながらも、見る人の心を引き込む魅力があります。そこには、人としての豊かさが感じられます。今回の受賞を励みとして、ご自身にとっての、美しい世界の探求を続けていただければ幸いです。これからも、作品を通して、明るく前向きな気持ちを発信してくださることを願っています。

■さいたま市長賞

「竈」
小川𠮷之烝(おがわきちのじょう)
竈
この作家は、ここ数年、 竈をモチーフに描いており、昔多く農家で見られた時代の情景が審査員に評価されました。
全体をモノトーンに 近い方法でまとめたことで臨場感が生まれ、より効果的な作品に仕上がりました。
特に燃える朱色も画面を引き立たせている秀作です。かまどの焚口の炎の部分にもう少し陰影を加えると更によかったと思います。

■さいたま市議会議長賞

「画室の静物」
高橋瑞紀(たかはしみずき)
画室の静物
黒いトランクで画面が引き締まり、思い切った構図と色が魅力の静物画です。
何層にも塗られた絵具も力強く重厚な画面を作り、筆を使用せず、ナイフで全て処理されたタッチが作者の味を出しステキです。色もトランクの黒と前方の椅子、テーブルの暖色と烏瓜の色の調和をよく考え構成された秀作です。今後の更なる活躍を期待いたします。

■さいたま市教育委員会教育長賞

「うす日」
関河英幸(せきかわひでゆき)
うす日
「うす日」の題名通り、薄日の差す情景を全体に茶褐色で統一しており、雪との配色も見事です。
更に背景の杉木立と、その先の白い小さな屋根の部分を加えたことで、アクセントのついた素敵な作品になったと思います。この作品の 真中から上部左面半分だけでも立派な作品になりそうです。
次回作品を期待しております。

■時事通信社賞

「春を待つ」
猪俣修(いのまたおさむ)
春を待つ
女性が座っているシンプルな光景を、余計なものを足さずに、確かな観察と丹念な描写で迫力ある画面に仕上げているところが素晴らしいと思います。
髪の毛、肌、ワンピースのどの部分もしっかり質感が感じられるほどの描写ですが、特にカーディガンの描き込みは圧巻です。
人物と比べると背景はまだ弱いのが惜しいところです。影の色味を工夫し、背景を画面構成に活かすことを考えると、ますます良い作品になると思います。

■FM NACK5賞

「今日の空」
竹井侑子(たけいゆうこ)
今日の空
タイトルを聞いただけでは、予測のつかない作品です。
日本画の画材や技法を使用し、幾重にも色や工夫を重ねています。独特な発色や素材感、具象と抽象の意識を融かす自由な表現に加え、見るたびに新たなかたちと出会えるところも魅力です。どこか一箇所だけでも捉えやすいかたちを配してみては、と考えてしまったのは野暮というものかもしれません。

■朝日新聞社賞

「秩父銘仙」
安藤政夫(あんどうまさお)
朝
シンプルで 落ち着いた色調の背景に秩父の名産である着物を纏う女性の落ち着いた人物の佇まいがストレートに伝わってきます。人物の表情や着物の模様を丁寧に描き、着物の赤の美しさが引き立った作品です。制作者の優しい眼差しが柔らかな筆使い、色合いに感じられます。じっくりと鑑賞したい味わい深い秀作です。

■NHKさいたま放送局賞

「穏やかな日」
加藤仁史(かとうひとし)
穏やかな日
秋の兆しが見え始めたころ、さわやかな水色の空は遠く澄みわたり、わずかに黄葉し始めた木の葉、草の葉は明るく色鮮やかに照り輝いています。下方画面わずかに描かれた川面に反映された枯草が画面を引き締め、枯草の影と暗さのコントラストに美しさを感じます。そしてその川面の暗さが上の草木の明るさを引き立てています。

■共同通信社賞

「卓上の静物」
城 眞知子(じょうまちこ)
卓上の静物
縦長のテーブルにグレーの布が敷かれ、籠に入った沢山のからすうりが印象的です。秋から冬へと移行する季節の移ろいを強く暗示しているかのようです。からすうりとりんごの赤とレモンやカーテンの黄が対照的に配置され、リズミカルに縦の動きを作り出しています。絵具をしっかりと重ねながら空間的な奥行きを表現していて、作者の思いが強く感じられる秀作です。

■埼玉新聞社賞

「警戒中」
吉川具明(よしかわともあき)
警戒中
この作品は、激しい蛍光の絵の具を使いながらも彩りの不釣り合いを感じさせない感覚と、対象を絞ってそこに色彩を転換・定着させる、きっぱりとした気心が心地良いです。表現とはひとつの形で他にはない、私にしかないもの。
この絵は、対峙する鳥が作者でむざんにもばっさり切られた木の上に立ち、我こそここにありと緊張感漂う景色を表している、そんな顛末が表されているようです。それもほとんどすべて色彩で。

■高校生奨励賞

「きらきらきめら」
永澤友恵(ながさわともえ)
きらきらきめら
若さ溢れる力強い作品です。巧みなデッサン力と構成力が感じられ、「異質同体」一つの画面にイラスト風に描かれたスーパーフラットの部分と写実に描写された顔や手など様々なコントラストを楽しんで制作される様子が伺うことができます。人物の虚な表情とキャラクターのポップな雰囲気のギャップが絵の魅力を引き立てています。

■埼玉県美術家協会会長賞

「石膏像と赤いリボン」
坂井みつ子(さかいみつこ)
石膏像と赤いリボン
右斜め上から柔らかな暖かい光が差し込んでいます。画面中央の白い石膏像が何とも美しく魅力的に表現されています。石膏像に掛かるテープやワイン、そして花の赤、背景の布のピンクがポイントとなって三角形構図のような安定感を生み出しています。作者のモチーフと向き合う真摯な姿勢と確かなデッサン力が、ゆったりとした心地よい空間を作りだしていると思いました。

■高田誠記念賞

「希望」
永江咲紀子(ながえさきこ)
希望
岩肌に描きだされた菩薩像で静かな祈りを感じる美しい作品でした。
色彩の調和が美しく、絵肌にも工夫があり、像のフォルムもバランスが良く全体に整っています。
やや岩肌が説明的になっている点が気になりますが、質の高い完成度がある作品です。
この物静かな祈りは作者自身の祈りなのかもしれません。

ページの先頭へ第3部「彫刻」

審査主任 小関良太(おぜきりょうた)
今回の審査を行なう中で、私たち審査員も彫刻という表現形態に向き合い、様々な視点から検討し審議いたしました。鑑審査対象となった作品数は79点、入選者数は47点、選外は32点となり、彫刻部としては例年よりも厳しいものとなりました。鑑審査では、主に彫刻として追求された造形力や完成度について検討しました。今日、彫刻による表現は多様化してきており、様々な様相と魅力をたたえています。これまで伝統的に扱われてきた量や面、比例や動勢、釣合いなどの造形言語は、新たな表現形式が現れるたびに新たな捉え方がされてきました。県展に出品される作品は、各々が自分の作りたいものを意欲的に制作されており、一点一点が魅力の萌芽を持っています。そこで、制作の過程で、今日までの彫刻表現で培われてきた造形的諸要素の視点からも検討いただき、より充実した制作体験に繋げていただければと思います。そして県展の会場を、互いに切磋琢磨する場とさせていただきたいと願う次第です。

■埼玉県知事賞

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「八月の波の随に」
伊藤弥生(いとうやよい)
八月の波の随に
石で作られたサザエ。殻全体をビシャン、棘はビシャンと磨き、殻の口は磨き仕上げにし、サザエの質感を表現するために多彩な技法を駆使したと思います。特に数ある石材の中から錆石(岐阜県恵那産出)を選んだことには驚かされます。錆石だからできる表情を知り、その素材を巧みに自己の表現方法として使いこなす作者の度量を感じます。鑑賞者がサザエ越しに見る景色は、明るく、そして青く広がる夏の空と海ではないでしょうか。そして、その景色の中に自分自身を発見するかもしれません。それは波音に心が洗われ、日常とは違う自分。夢と希望、明るい未来を見つめた自分。現代を生きる我々に問いかけてくる作品です。

■埼玉県議会議長賞

「Mask」
本多史弥(ほんだふみや)
Mask
力強く量感のあるフォルムが シンプルな面で再構成された半身像です。 作品からは、作者の意図する彫刻感が伝わってきます。素材であるテラコッタのもつ温かな質感を活かしつつもクールな内面の表現は、左手に持つマスクの表情とのコントラストによって効果的に描き出されているようです。また一方で、テーマの説明に偏らず誠実に彫刻に対峙している姿勢もよい点です。しっかりしたデッサン力と人体表現の研究によって作り出される作品は、今後の展開を 期待させます。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「camel bike」
神藤槇(しんどうまき)
camel bike
作品を表現し、発表する責任において、作品には何らかのメッセージがなくてはなりません。作品にメッセージを吹き込むためには高い技術力、思考力等が必要です。クスの木を素材にした寄せ木づくりの大作で、ラクダがヘルメットを被り、背中のコブが開く様はユニークです。制作している時の素朴な楽しさ、高揚感、一生懸命さが伝わり、観るものを楽しくさせる作品となっています。ただ、この作品の題名からして思い切ったデフォルメをしてでもスピード感が出る工夫が欲しかったと思います。

■埼玉県美術家協会賞

「幸せの止り木」
内田文江(うちだふみえ)
幸せの止り木
この作品は、人体をモチーフに樹木のうろを思わせる空間を作り出し、フクロウの巣に見立てています。乾漆風の着色は、自然に溶け込むような印象を与えています。正面と裏面の構成、表現は大きく異なっていて多方向から鑑賞することを意識した彫刻作品です。形や色の面白さだけでなく、「家族の絆」、「生命の営み」、「環境保護」、「共生」…どのようなテーマが隠されているのかを考えたくなる面白さがある点を評価しました。樹木に見立てた人体部分に伸びやかさと、 巣穴のフクロウ を塊で表現する工夫があるとさらに世界観が広がるように思います。次作を楽しみにしたいと思います。

■埼玉県美術家協会賞

「砂丘」
川村浩子(かわむらひろこ)
砂丘
84㎝FRPの立像です。小さいながらも、力強さを感じる作品となっています。また、人体の構造をよく理解し、全体の調和を意識しつつ、細部まで丁寧に仕上げた本作品は、作者の技術の高さがうかがえるものとなっています。

■産経新聞社賞

「鋳鉄の調度品」
長谷川善一(はせがわぜんいち)
鋳鉄の調度品
鉄を鋳造して作られた作品には圧倒的な重厚感、存在感があります。それは、鉄の比重が7.85(一般的に石が水の約3倍、鉄が8倍)という物理的なことではなく、この重い鉄を素材に選んだ作者が長年の制作で鉄を扱う技術を習得し、鉄の個性と可能性を十分に理解し、作品を表現の世界に昇華させたからです。意識して錆びさせた3本の足と黒光りする天板は、過ぎ去った時間だけでなく、この調度品が見てきた人々の人生やドラマ、更にはこの調度品が見る未来をも想像させるのです。

■高校生奨励賞

「強い人」
工藤彩音(くどうあやね)
強い人
高校生の作品として云々ではなく、大変にしっかりとした彫刻(自刻像)だと思います。何がそう感じさせるのかと言うと、モデル(自分)をよく観るところから出発し、手探りで試行錯誤することが、かたちを生んでいるということなのでしょう。何か変わったことで目を引こうとか、変な欲や身の丈に合わないことをやっていないことに純粋さが感じられます。ともすると我々も忘れてしまってはいないか問われるようにも思います。未来ある作家になることを焦らず、考えて生きること、制作することで世界と対峙していって欲しいと願っています。

■埼玉県美術家協会会長賞

「翳り」
阿部昌義(あべまさよし)
翳り
塑像で制作された、品を感じさせる女性の半身像です。造形力の高い作者は、人体具象彫刻をモダンに捉えようとしています。モデルから感じ取った線の勢いが美しく、女性の佇まいを捉えています。毛髪や衣服の襞などに量的なバランスの検討がされており、造形的な処理のセンスが生きています。また、着色は形態感や量感を弱めることなく行われ、再現だけでない工夫を感じさせます。

■高田誠記念賞

「雲」
矢島秀吉(やじまひでよし)
雲
作品(立像に限らない)をどう立たせるか?これは彫刻家がものをつくるうえで、根本的に大事なことです。その点で企てが成功していると思います。彫刻そのものが空間を巻き込み、小品でありながら、スケール感を持っています。色々な考え方もありますが、あえて石膏をそのままで見せることには、媚びることのない自信も感じ、好感を持ちます。作品の小ささが災いしているのでしょうか、やや部分に走り、うるさいところが問題です。審査員の多くから、大きな作品で勝負して欲しいという声がありました。来年以降の課題として捉えて頂けたらと思います。

ページの先頭へ第4部「工芸」

審査主任 関井一夫(せきいかずお)
県展が再開して2年目となりました。応募総数は前回の301点を大きく下回り235点でした。内訳は、一般158点、会員77点、その内入選数は一般が84点、会員が56点で合計140点、入選率にして59.6%となりました。しかしながら、その内容はこれまでの県展を大きく下回ることもなく、今回展では新しい技法の作品や確かな技術に支えられた労作が目を引くものになりました。
一方で、公募作品を受け付ける工芸界全般の問題ではありますが、分野の不明確なものが目立ちました。素材・技法・技術として我が国の近現代以前を支えてきた造形分野の集合体でもある工芸は、今日でも様々な技術・材料で作られたものの受け口ともなっています。作品を出品する時「何でもとりあえず工芸」にではなく、工芸という表現領域をよく学び、制作・出品されることを望みます。しかし、公募団体展での分野分類や、工芸の中で新しい表現を模索すると、既成の分野では表せない領域に入ることがあります。精緻な技術に支えられた素材を活かす濃密な創作作品であれば、分野の着地点は見つかるはずです。継続しつつ高みを目指す挑戦に期待します。
今回から新たに設けられた高校生等を対象とする受賞部門ですが、高校生等だからといって手心は加えず、工芸部門としての基本である完成作品としての傷・亀裂や技術・造形としての安易な制作に対しては一般作品と同様に厳しく評価させてもらいました。残念だったみなさんに一言「工芸では失敗が大切です。失敗には次のステップに高める学びがあります。なぜ失敗したか?次はどうすればいいのか?その問いから解を導き出し進んでください。ダメなんじゃない。自分を高めるチャンスが目の前に生まれただけです。」

■埼玉県知事賞

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「光陰」
望月龍輔(もちづきりゅうすけ)
光陰
フィレンツェの伝統工芸品マーブル紙を陶芸で表したような爽やかな作品です。技術的には墨流しという技法で、流動的な磁土又は陶土に酸化金属の顔料を入れ、撹拌し、その液の中に素焼きした作品を素早く浸し掛けして紋様を写し取るものです。県展にこうした技法で出品されたものは珍しく、審査員全員に好印象を与えた作品です。

■埼玉県議会議長賞

「雷鳴」
後藤恵子(ごとうけいこ)
雷鳴
友禅染の筒描きによる比較的新しい手法を主体に制作しています。紺地に色糊による赤、緑、ブルーグレーに本来の糸目糊の生地白が効果的に意匠化されて構成され、タイトルの雷鳴が印象的に伝わってきます。さらに絽の薄地に金銀の顔料を大胆に扱うことによって全体的に完成度の高いモダンな秀作となっています。今後の展開を期待しています。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「華筋」
唐仁原ますみ(とうじんばらますみ)
華筋
平織りの着尺であるが、縦糸の並べ方の一工夫で、表情豊かな仕上がりになっています。これまでの織りの経験が活かされた熟練した秀作です。

■埼玉県美術家協会賞

「抱擁」
井上美千代(いのうえみちよ)
抱擁
抱擁というタイトルのオブジェ作品です。確かな技術に裏打ちされた多様な技法を駆使し、内なる想像力を熟成、具現化して、見る者に現実を超えた不可思議な空気感を楽しませてくれます。作品に対峙し見つめると、様々なイメージが喚起され、ひと時空想の世界を遊ぶ事が出来ます。実力表現力共に優れた作品であると思われます。

■埼玉県美術家協会賞

泥七宝花入「初秋の森」
原 民子(はらたみこ)
初秋の森
通常の有線七宝の原点となった泥七宝、真鍮線とピンホールが、素材である泥の味わいを際立たせています。色数が少ないという中での表現は、焼成回数の多さも含めて困難を極めるものです。「派手さ」は無いですが泥の存在感を見せてくれました。

■埼玉県美術家協会賞

「蝸牛」
川羽田匠登(かわはたたくと)
蝸牛
一枚の銅板から叩き出した鎚起作品です。胴体の赤は滑りの肌合いを、背中に乗った殻は錫を焼き付けたようなまだら紋様の上から鏨(たがね)の線を入れることで硬さをと、表現方法を変えることで工夫された蝸牛になったと思われます。細い二本の角が一枚の板から打ち出されたことには驚かされます。次回はどのような表情の生き物が登場するのか期待と同時に楽しみです。

■テレビ埼玉賞

「遍(あまね)」
小塚桃恵(こづかももえ)
遍
県展では非常に珍しい作品です。仏像彫刻の加飾として発展した截金技法は、金箔を竹刀で極細の線に截り、接着剤として膠(にかわ)を筆に付け、筆で箔を置いて行きます。
伝統的文様の「麻の葉」ですが、中心から外へ形作っている線が外されてゆくことでグラデーションを見せています。幾何学的模様の変化が美しいです。

■高校生奨励賞

「多角的視野」
糸井一真(いといかずまさ)
多角的視野
陶のオブジェ作品のようであり、壺のような形状から花器のように見立てることもできる作品です。技術的な点や造形的なバランスに未成熟なところは見えますが、挑戦的なテーマには若々しさが溢れています。これから進学も控え新たな表現に挑むこともあろうかと思われますが、継続して作品を制作しながら研鑽を積み重ねることを期待したいです。

■埼玉県美術家協会会長賞

本友禅染着物「春日和」
黒田眞理(くろだまり)
春日和
友禅染めの中の本友禅染による作品です。本友禅染めの特徴は、多色の模様染といわれ、絵画的で緻密な表現を可能にした技法です。「春日和」と題する黒田氏の作品は、その技法の特徴を効果的に活かした優作となっています。ライトブルーグレーの地色に芥子の赤を主に、白と紫陽花の配色が美しいです。素直な構成・表現ですが、糸目糊の技量も確かで、鑑賞者に心地よい印象を与えます。

■高田誠記念賞

炭化窯変花器「流線」
榮 一男(さかえかずお)
流線
氏は熟練した作家です。今回の作品も非常にシャープで、花器の中心に流線を施して緊張感をもたらし、炭化焼成による窯変が花器に一層の深みを与えている秀品となっています。

ページの先頭へ第5部「書」

審査主任 柴﨑泉聲(しばさきせんせい)
第71回埼玉県美術展覧会展の書の部の総出品数は399点、公募出品数は332点です。前回展に比べ、総出品数で46点、公募出品数で40点の減となりました。コロナ禍の空白時期が長く続き、出品層の多かった団塊の世代の高齢化などにもよるかと思いますが、出品数の減少は残念なことです。出品層は幅広く、高校生から昭和2年生まれの96歳までに及びました。
また、今回展より高校生奨励賞が新設され、高校生の応募もありましたが、入選が適わなかったことは残念です。何らかの良い対策が必要かと思います。
審査結果を決める鑑別は、厳正かつ公平に三次鑑別まで行い、入選209点(入選率63%)を決定しました。落選がある県展は大変厳しいですが、その反面入賞入選された方の喜びは大きいかと思います。
入賞は、慎重且つ丁寧に三次審査まで行い、特選10点を決定しました。いずれも作者の特徴が顕著な優れた作品ですが、入賞作品の選考の時、誤字で選外となった作品もあり遺憾に思います。作品制作に当たっては、文字確認は厳密にしてください。公募の特選10点と委嘱作品の中から受賞した埼玉県美術家協会会長賞と高田誠記念賞を合わせた12名の受賞者は、今後、この受賞を励みに研鑽され益々のご活躍をされますよう願っています。

■埼玉県知事賞

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「儲光羲詩」
矢島丹泉(やじまたんせん)
儲光羲詩
漢詩(七言詩)を三行で書いた淡墨作品です。文字の大小、潤渇を程良く配し、行間をゆったりと生かした見事な作品と感じます。線質も鋭く確かな用筆を裏付けており格調の高い作品にしています。特に三行目は、程良い渇筆が芸術性を醸し出しており、落款まで確かなリズムで良いと感じます。今後、素晴らしいご活躍を期待しています。

■埼玉県議会議長賞

「早春遊望」
小野田春穂(おのだしゅんすい)
早春遊望
強いリズム感や響きのある線質でまとめ上げています。自然な文字の組み合わせ、大小・太細が程良く清澄な線で書かれており、文字の中の余白と文字間の余白が絶妙な間で、入念さが滲み出ている作品です。今後、高いレベルのご活躍を期待しています。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「このまもる」
太田珠穂(おおたしゅすい)
このまもる
西行の歌を行書きでシンプルに構成した作品です。多彩な線質と墨色の変化で美しく魅せられます。字組も自然で無理なく穏やかな流れで、上品な作品に仕上げており、研鑽の跡が伺えます。今後も卓越したご活躍を期待しています。

■埼玉県美術家協会賞

「漱石詩」
井上可雪(いのうえかせつ)
漱石詩
作品全体の余白を考え、明るい作品になっています。文字を何字かのグループにまとめ、リズム感を出しています。文字の大小の変化 、そして文字を縦長と横長に入れ 、行が上から下へと流れるように自然に見えています。見せ場も考え、作品を完成させています。今後も一層のご活躍を楽しみにしています。

■埼玉県美術家協会賞

「杜甫詩」
山村爽翠(やまむらそうすい)
杜甫詩
隷書体の作品です。字間を広く取り、重厚な細みの書線に躍動感がある明るい作品に仕上げています。また、書線が深く食い込こんでいる箇所と軽く流しているところが絶妙にマッチしており、力強さの中に温かさを感じます。今後、更に輝かしいご活躍を期待しています。

■埼玉県美術家協会賞

「内山峡詩」
髙橋雄喜(たかはしゆうき)
内山峡詩
多字数をこの紙面に収める技量は、日々の練習の賜であると思われます。思い切った文字の大小や行の字幅を変化させ、工夫を凝らしています。また筆圧もしっかりとおさえ、力強さも見える、充実した作品となっています。今後、この受賞を励みに益々のご活躍を願っています。

■さいたま市長賞

「李太白詩」
會田知水(あいだちすい)
李太白詩
直線を多用し、文字の角度を一定に保ちながら、書線の太細のアクセントを強くして余白の美しさをみせています。思い切った空間構成の表現は実にユニークかつ、斬新なものとなっています。 今後、益々のご活躍を楽しみにしています。

■さいたま市議会議長賞

「聲」
橋本葉月(はしもとようげつ)
聲
少字数の淡墨作品です。少字数書とは、漢字のもつ造形性を強調して、太細・強弱・にじみ・かすれなどの少ない字の中で、文字の持つ意味やテーマを表現します。この作品の書き出しは、紙に食い込む柔らかくのびのある線で懐広く進み、締まりある渇筆の厳しい線で威勢良く回転しながら次の画に続き、一気にバランスよく書き上げています。作者の「聲」が伝わるとさらに良いです。今後、益々のご活躍を期待しています。

■毎日新聞社賞

「仁而有禮.存其誠」
金子潔(かねこきよし)
仁而有禮.存其誠
小篆の朱白文印2点の構成で基本を踏まえつつも個性的な作品に仕上げています。しかも、朱文印を円形にするという、大変意欲的なチャレンジをしています。円形に文字をバランス良く纏めるというのは難易度が高いのですが、この作品はそれを見事に成し遂げているといえます。落款との調和も取れていて、全体的にバランスの良い見応えのある作品といえると思います。今後、更に輝かしいご活躍を期待しています。

■NHKさいたま放送局賞

「李攀龍詩」
藤谷千夢(ふじたにせんむ)
李攀龍詩
心のままに羊毛筆が動いており、心地よい柔らかい線質が冴えを見せています。迷いのない筆運びで潤渇(じゅんかつ)の変化も程良くこなし、練度のある充実した線で書いており、布置(ふち)が良く、まとまりが良い作品です。今後、卓越したご活躍を期待しています。

■埼玉県美術家協会会長賞

「白居易詩」
水野澄篁(みずのちょうこう)
白居易詩
隷書体の作品です。字間は広く取り、懐の広い書体で、のびやかで躍動感があり、筆力こもる線質で丹念に書いています。また、線質が冴えており生気が充満し、筆勢が十分で活力が漲ってまとまりが良い作品です。高いレベルのご活躍を期待しています。

■高田誠記念賞

「さざ浪や」
鎌田公子(かまたきみこ)
さざ浪や
じっくり丁寧に引かれた渋みある線です。自然に湧き出た筆の流れで、良寛の書を彷彿させるベテランの作品です。気負いなく淡々とした筆致で、温かみのある書線が生きており、連綿で心地よいハーモニーを奏でています。さらなるご活躍を心より応援しています。

ページの先頭へ第6部「写真」

審査主任 増田裕一(ますだひろかず)
第71回展は、応募総数1,001点、入選点数458点、入選率にして45.8%となりました。
今回のトピックとしては、単写真の規格が変更され、パネル全面の写真や変形サイズの単写真が出品されたこと、親子同時入賞があったこと、高校生の入賞があったこと、高校生奨励賞が新設されたことなどがあげられます。また、上位の作品にはそれぞれに独自の表現があり力作ぞろいでした。審査は4次まで行われ、討議も交えて厳正に実施しました。
最近のニュースで「AI作成画像が有名写真コンテストで最優秀賞を獲得」というものがありました。19世紀に写真の発明が絵画に影響を与えたこと以上に、生成AIが写真に与える影響は大きなものになるのではないでしょうか。それだからこそ既存の価値観をなぞるのではなく、個人のまなざしを大切にし、新しい表現を求めていく必要があるのかもしれません。来年度も個性豊かな作品がたくさん応募されることを期待しています。

■埼玉県知事賞

※受賞作品をクリックしますと拡大画像が表示されます。
「深海」
加藤秀(かとうしゅう)
深海
異国の地でしょうか。日本から遠く離れた風景のように感じます。夜が明けきらぬ広大な荒野を、一台のトラックが走っています。それは画題が示唆するように、光のささない「深海」を潜水艇がさまよっているようにも見えます。道や山を配した画面の構成力が確かで、包み込むようなスケールの大きさを表現しています。そして画面の多くを占める青の色調と、トラックから放たれるオレンジ色の光は、見る者の心にいろいろな思いを呼び起こします。創造性があり、神秘的でとても美しい写真です。

■埼玉県議会議長賞

「求」
宮崎雅代(みやざきまさよ)
求
プリントがしっかりしていて、色調に統一感があります。神社を素材にした6枚の写真が並んでいますが、上下2段の流れがスムーズで配置の仕方が見事です。この組写真のポイントは、上段真ん中の揺れる炎ではないかと思います。揺れる炎が他の5枚へと波及して、作者の願いや揺らぐ気持ちを表しているかのようです。撮影の段階から組写真が念頭にあったのでしょう。完結しすぎない6枚の写真を使って1つのイメージを表現しています。組写真のお手本のような作品だと感じました。

■埼玉県教育委員会教育長賞

「光明がさす」
金子政喜(かねこまさき)
光明がさす
この3年間、私達の生活はコロナにより苦しめられ続けました。しかし、やっと出口が見えてきた今このときの写真です。風に揺れる3枚のマスク、爽快感にあふれる青空、そしてそこから差す光。とてもシンプルな写真ですが、空を見上げている作者の開放感溢れる 表情が見えるようです。差し 込む光は希望を表しているのでしょうか。説明的に表現するのではなく、鑑賞者に想像して感じてもらうことで成立しています。写真表現とはこういうことだと教えてくれる作品です。

■埼玉県美術家協会賞

「桜樹の祈り」
野本照子(のもとてるこ)
桜樹の祈り
今回展から単写真の規格が変更となり、それにより自由な発想を持って実現した作品です。長辺を長くしたパノラマサイズのプリントが新鮮です。このサイズにしたことにより、桜の枝の広がりが強調されているように思います。樹の根元には、手を合わせた人が小さく写っていて、祈りを捧げています。構図が見事で、しっとりした色調に仕上げることにより、 この桜の樹に 神が宿るほどの荘厳さが見て取れます。従来の桜の表現とはひと味異なる重厚感溢れる美しい作品に仕上がっています。

■埼玉県美術家協会賞

「夕暮れ時」
一瀬邦子(いちのせくにこ)
夕暮れ時
夕暮れ時をテーマにした4枚の組写真です。駅の周辺でしょうか。その日常を、肩に力を入れることなく、淡々と表現しています。だからこそプリントには細心の注意を払う必要があるのですが、見事なプリントで作者の力量が感じられます。4枚組は起承転結になぞらえられることがよくあります。この作品の場合、「転」の位置に猫がいることが重要だったのではないでしょうか。そのことにより、同じような画面の重複を避けることができ、イメージをぐっと広げています。まとまりのよい優れた作品だと感じます。

■埼玉県美術家協会賞

「夜明けの刻」
野本昌寛(のもとまさひろ)
夜明けの刻
プリントサイズや名字が同じこと から気になっていたの ですが、「桜樹の祈り」で入賞した 野本照子氏 は、作者のお母様だそうです。親子で入賞とは、なんてすてきなことでしょう。
この写真のポイントは光です。やはりパノラマサイズを採用したことにより、光のラインが、長く綺麗に強調され、イメージを増幅しています。またプリントの技術もしっかりしていて、モノクロのグラデーションがとても美しく表現されています。この写真を見ていると、朝の凜とした空気に包まれているような気持ちになります。

■埼玉県美術家協会賞

「静寂」
青鹿洋一(あおしかよういち)
静寂
夜の雪景色を撮影した6枚組の組写真です。プリントの技術が確かであり、ピーンと張り詰めた冷たい空気感と無音の世界を見事に表現しています。「撮影は作曲であり、プリントは演奏である」と言った写真家がいましたが、よい演奏をしなければ曲の良さは伝わりません。この作品もよいプリントを作らなければ、モチーフである雪の日の「静寂」を表現できなかったことでしょう。写真表現とプリント技術は表裏一体である、そのようなことを教えてくれる作品です。

■さいたま市長賞

「視」
宮村香凛(みやむらかりん)
視
高校生の作品です。徹底的に対象物をそぎ落としたミニマリズムの写真のように見えます。シンプルな写真ですが画面の構成力が高く、そのセンスには驚かされるばかりです。横顔を向けたマネキンは何を見ているのでしょうか。視線を意識することにより、マネキンに命が吹き込まれ、作者の視線と同化しているのでしょう。高校生が入賞したことをとてもうれしく思っています。卒業と同時に写真から離れてしまう人が多いのですが、今後も写真を撮り続けてほしいと願っています。

■さいたま市教育委員会教育長賞

「宇宙へのいざない」
庵地紀子(いおちのりこ)
宇宙へのいざない
都会の夜の風景を撮った4枚組の組写真です。組写真には説明を極力排除してイメージを広めていくものが多いのですが、この作品は物語性が重視されています。それぞれの写真は、建物であったりオブジェであったりするのですが、まるで宇宙旅行に行くための施設にいるような気分にさせてくれます。色調が鮮やかなことが、そのような感覚にさせる重要な要素なのかもしれません。映画の一コマ一コマを見ているようで、わくわくさせてくれる作品です。

■読売新聞社賞

「メルヘン広場」
小谷和己(こたにかずみ)
メルヘン広場
モニュメントの上からさす強い光が、現実世界と乖離したような印象をもたらしています。長く伸びたモニュメントの影、つま先を少しだけあげた女の子のフォルム、影の中にいる鳩などが三角形の構図の中で絡み合い、シュルレアリスムの絵画を見ているような気持ちにさせてくれます。カメラは客観的に現実を写しますが、写真には主観的な要素があって現実でないことを語ることができます。この光景をとらえた作者の、見る目の確かさを感じます。

■テレビ埼玉賞

「のぞき見」
坂本典子(さかもとのりこ)
のぞき見
ストレート写真の醍醐味が味わえる写真です。横一列に等間隔で若者が並び、全員がスマートフォンを見ています。それをキリンがのぞき込んでいます。巧みな画面構成で、ユーモア溢れる作品となりました。通り過ぎても不思議ではない光景ですが、これは写真になると思った作者の感性は素晴らしいと思います。全員が下を向いた瞬間を逃さずシャッターを切ったのでしょう。何々のように見えるというのは写真の大切な要素かもしれません。作者の発見の目で、楽しい写真になりました。

■東京新聞社賞

「浄土」
柳川恭平(やながわきょうへい)
浄土
「浄土」という仏の住む清らかな世界を表現しようとした意欲的な作品です。左の写真は激しい雨、真ん中は蓮の生花、右は蓮の造花で構成されています。蓮の生花と造花は此岸と彼岸を表しているのでしょうか。表面的なバランスだけで並びを考えれば、左の雨が問題になりそうですが、この並びしかないという作者のこだわりがあるように感じます。雨は此岸(私達がいる世界)にある煩悩を洗い流す雨なのかもしれません。難解ですが、作者の感情溢れる 作品だと感じます。

■高校生奨励賞

「夢の中で」
野中結衣(のなかゆい)
夢の中で
見た瞬間に笑顔になれる写真だと思います。カラフルな写真が6枚あり、小さく切り取られた本人の写真がコラージュされています。それはまるで夢の中の世界を自分が飛び回っているようです。背景は明るく仕上げられていて、夢の世界を強調しています。高校生らしいポップな作品です。このパネルを作っているときは、さぞ楽しかったのではないでしょうか。これからも写真を楽しんでほしいと思います。

■埼玉県美術家協会会長賞

「晩夏」
小林千津子(こばやしちづこ)
晩夏
3枚目の向日葵を中心として広がっていく作品です。「晩夏」という画題ですが、ことさらに夏を象徴する写真を集めたわけでもなく、自分の中にあるイメージとしての夏の終わりを表現した作品だと思います。心象風景と言ってもよいのかもしれません。プリントの仕上がりも素晴らしく、白が効果的に強調され、ベテランの技量の高さを感じます。4枚の並び方も見事で、一貫して夏のけだるいような雰囲気が流れています。完成度の高い作品だと思います。

■高田誠記念賞

「ペルソナ都市」
入江一男(いりえかずお)
ペルソナ都市
都会のスナップ写真4枚で作られた作品です。一見すると作り込まれた写真のように思いますが、枝の先に見えるポスターの顔やコートにプリントされた顔など、すべてストレート写真です。加工などを排除した写真の力強さを感じます。都市をさまよいながら、瞬時にこれらの写真を撮影する作者の感性は、とても鋭いものだと思います。またペルソナ(仮面)という画題がついていることから、素顔を見せない都市生活への批評性を込めているのかもしれません。見事な作品だと感じました。